「ピグー・クラブ・マニフェスト」の続き

2008-06-11の「ピグー・クラブ・マニフェスト」の続き。

Ted Gayerがマニフェストについての質問をし、Mankiwがそれに答えている。→Greg Mankiw’s Blog: Pigovian Questions。以下は、その要約。

Tedの質問は次の二つ。

  • (質問1) ピグー・クラブは税収の用途については何も条件を付けないのか?
  • (質問2) ピグー・クラブは収入を規制を受ける産業に再分配するような政策には反対するのか?

[質問1についての補足]ピグー税 (ガソリン税) を導入すれば新たな税収が生じる。その税収は様々な用途に利用できる。例えば、新たに政府支出を増やすため、既存の税を代わりに軽減するため、借金を返済するため等に利用できる。このように様々な税収の用途がありうるが、ピグークラブはその税収の用途には条件を付けないのか、例えば、新たな税収は既存の税を軽減するためのみに利用するというような条件を付けないのかという質問。

[質問2についての補足]排出規制としてはピグー税以外にも Cap and Trade (排出権取引、以下 C&T) という方法もある。この C&T ではグランドファーザー方式で排出権が配分されることが多い。グランドファーザー方式とは過去の排出量を目安にして、排出権を「無償」で規制される事業者に与える仕組みのこと。この方法の場合、ピグー税のケースで生じていた政府の収入はなくなり、政府が得られたはずの収入は規制事業者の手に渡ることになる。このようなタイプの排出規制にはピグー・クラブは反対するのかという質問。要するに、グランドファーザー方式で初期配分をおこなう C&T には反対なのかということ。

Mankiw の回答のまとめ。

[質問1について]

ピグー税の収入は既存の歪みの大きい税 (所得税等) を軽減するために使うのが最もよい(注:質問に対しダイレクトに答えていないのではっきりしないが、たぶんこういう意見)。

[質問2について]

C&Tプログラムはピグー税ほど望ましくない。その理由は以下の通り:

  • C&Tでは、政府が得られるはずの収入を排出事業者に一括で渡してしまうことになる。
  • 貴重な資源 (CO2を排出する権利) を特定の排出事業者に無償で与えるのは公平ではない。
  • 過去に汚染をおこなってきたものを優遇する (汚染をおこなう権利を優先的に与える)ことになる。この意味でもやはり公平とは言えない。
  • 既存の事業者に有利で、新規参入者に不利。

さらに、C&Tが非効率な制度である二つの理由。

  • 過去の排出量に応じて排出権の配分が決まる。より多くの排出権を得られるように、C&Tの導入前の期間において排出量を増加させるようなインセンティブを排出事業者に与えることになる。
  • ピグー税とは異なり、政府に収入を生まない。歪みが大きい労働や資本に対する税を軽減できない。

C&Tは融通の効かない規制システムほどは悪くはない。しかし、歪みのある税の軽減と組み合わせたピグー税ほどは望ましくない。ただし、一つ例外のケースがある。排出権を無償で配分するのではなく、オークションを通じて配分するのなら、C&T はピグー税とほぼ同じ (almost identical) 仕組みとなる。よって、ピグー税と同じように望ましい性質を持つ。

[以上をさらにまとめ]

  • ピグー税の収入は既存の歪みのある税 (所得税等) を軽減するために使うのがよい。新たに政府支出を増加させるのに使うべきではない。
  • 「C&T+グランドファーザー方式による配分」という制度はピグー税ほど望ましくない。
    • これまで汚染をしてききた企業に対し貴重な資源を無償、かつ優先的に与えることになるという意味で不公平。
    • 新規参入企業が不利になりやすい。
    • 制度導入前の時期に逆に「排出量を増加させる」インセンティブを与えてしまう。
    • 政府に収入が生じないため既存の税を軽減するという政策を組み合わせられない。
  • 「C&T+オークション方式による配分」という制度はピグー税とほぼ同じ制度。ピグー税と同じように望ましい制度。

まとめ終わり。


[以下は補足]

  • 以上から明らかなように、Mankiw がピグー税より劣っていると主張しているのは C&T ではなく、「C&T + グランドファーザー方式」です。
    • 「C&T + オークション方式」はピグー税とほぼ同じと述べていますから、オークション方式をとるのならむしろ積極的に C&T に賛同する考え・立場だと思います。
  • MankiwがC&Tというときにはグランドファーザー方式による排出権の配分を基本的に想定しています。
    • このように想定しているのは、既存の C&T 制度ではグランドファーザー方式が利用されることが多かったからだと思います。例えば、アメリカで既に導入されているSO2のC&Tでも、EUのETS (emission trading scheme、CO2 のC&T) でもグランドファーザー方式が利用されています。
    • ただ、今後もグランドファーザー方式が利用され続けるというわけではないと思います。例えば、EU ETS では配分をオークション方式に変更するという方針が表明されています。また、現在アメリカの上院に提出されている「2007年国家気候安全保障法案(America's Climate Security Act of 2007:Lieberman-Warner法案)」http://frwebgate.access.gpo.gov/cgi-bin/getdoc.cgi?dbname=110_cong_bills&docid=f:s2191is.txt.pdfは、CO2のC&Tを含んだ法案ですが、配分方式は段階的にオークション方式を増やしていくという内容になっています。
    • C&Tは必ずグランドファーザー方式を使わなければいけないというわけではなく、オークション方式を使うこともできます。しかも、上で指摘したように、今後はむしろオークション方式が採用される可能性が高いと思います。このマニフェストが書かれた2006年ならまだしも、現在 (2008年) では、C&T=グランドファーザー方式という前提で話をするべきではないと思います。
  • Mankiwは 「C&T+オークション方式」=「ピグー税」と述べています。
    • これについて「政府に収入が入るという意味では確かにどちらも同じだが、C&Tと税では明らかに規制の方法が違う。それを同じとみなす理由がわからない」と考える人が多いのではないでしょうか。これは普通の反応だと思います。
    • 一方、経済学をやっている人なら、数量規制と価格規制の同値命題のことを思い浮べる人が多いのではないかと思います。詳しいことは省きますが、数量規制と価格規制の同値命題とは、数量規制 (文字通り数量を規制する方法) と価格規制 (税による規制) がある条件の下では同じような効果を実現できるという命題のことです。これは経済学の様々な分野ででてくるもので、例えば関税と輸入割当の同値命題等があります。
    • Mankiwもそれが頭にあって、「C&T+オークション方式 (数量規制)」=「ピグー税 (価格規制)」と考えた・述べたのだと思いますが、この同値性は強い条件が満たされなければ成り立たないので、現実に成り立つかどうかは慎重に判断すべきことだと思います。それに同値命題がいう「同値性」が満たされたとしても、「全く同じ政策なのでどちらを使っても同じ」ということを意味するわけではありません。
    • 「C&T+オークション方式」=「ピグー税」というMankiwの主張から、どちらも同じような政策と考えるのは早急だと思います。実際、現実のCO2規制を考えた場合、「C&T」と「ピグー税 (炭素税)」の間に数多くの違いが存在します。このため、どちらが望ましい政策かという問題自体が重要な研究テーマとなっていますし。