Xで、大学の授業の履修に関して、次のようなポストを見かけました。
上のポスト、北陸大学の山本啓一先生という方のポストです。これは今の大学生が結構忙しいんだということを主張する流れの中で書かれたポストのようです。このポストの中に次のような主張があります。
「10コマ=2単位として20単位、1年間で40単位。3年で120単位。4年目はゼミだけ残して4単位。これ標準の学び方では?」
これは、大学生が半期(半年)に10コマ、20単位分の授業を履修し、1年間で40単位、3年間で120単位を取得する。そして4年目にはゼミだけを残して4単位を取得する、という履修の仕方が「標準的」という主張です。
「これが標準的」と書かれていますが、このような履修の仕方を大学生一般にとって標準的なものとみなしてよいかについては、私は少し疑問に思います。特に、「半期に10コマを履修する」という部分については、あてはまらないケースが多いのではないかと思います。
大学生がどんな風に授業を履修しているのか、よく知らない人も多いと思いますので、以下では、学生の履修の状況について、京都産業大学(以下、京産大)の事例をもとに説明します。ただし、大学の授業や単位制度について一定の前提知識がないと議論がわかりにくいため、まず「コマ」と「単位」について簡単に整理しておきます。
「1コマ」
最初のポストに出てくる「1コマ」とは、大学における一つの授業のことで、1コマの授業は、基本的に「90分の授業を15回」という形で実施されます。多くの大学は2セメスター制(つまり前期・後期という2学期制)を採用しています。そのため、通常は「週1回90分の授業を15週おこなう」ことによって、1コマの授業が構成されます。よって「半期に10コマ履修する」とは「週に1回90分の授業×10個を15週受ける」という意味になります。
「単位」
「単位」とは、授業に合格することによって取得できるポイントのようなものです。大学を卒業するためには、それぞれの大学・学部が定める卒業要件を満たすだけの単位を取得する必要があります。現在、多くの大学・学部では、卒業に必要な単位数は124単位程度に設定されているようです(京産大も同じです)。「コマ数」と「単位数」が似たようなものに思えるかもしれませんが、これは同じではありません。1コマの授業であっても、2単位を取得できる授業もあれば、1単位しか取得できない授業もあるためです(どのような授業が2単位で、どのような授業が1単位かは下で説明します)。
「履修している授業」と「単位を取得した授業」
また、「コマ」や「単位」について議論する際には、「履修している授業のコマ数・単位数」と「実際に取得した授業のコマ数・単位数」を区別する必要があります。元のポストでは「コマ」、「単位」がどちらを指しているか明示されていないので話がわかりづらいのですが、とりあえず以下の議論では「履修している授業のコマ数・単位数」ということにします。
大学では、履修登録をした授業の単位を必ず取得できるわけではありません。履修はしていたが、成績が不可となり、単位を取得できないこともあります。そのため、「履修している授業のコマ数・単位数」と「単位を取得できた授業のコマ数・単位数」は一致しません。当然、「前者の数≧後者の数」となります。
卒業要件としてカウントされるのは、当然ながら取得した単位です。一方、学生の学業上の負担を考えたいときには、取得単位数よりも、履修している(or していた)授業数や履修単位数に注目する方が適切な場合もあります。というのは、単位をとれなかったとしても、授業に出席し、課題などをおこなっていたのなら、負担はあるので。ただし、履修登録をしていても実際には授業にほとんど出席していないという場合もあるため、「履修している授業数・単位数=学生の負担」と単純に考えることもできません... いずれにせよ、「履修している授業のコマ数・単位数」と「実際に取得した授業のコマ数・単位数」は、場合によっては大きく異なりますので、両者を区別して議論する必要があります。
「半期10コマ・20単位」は標準的か?
最初のポストにある「10コマ=2単位として20単位」という表現は、要するに、「半期15回の授業を週に10コマ履修し、それらがすべて2単位科目であるため、合計20単位を履修する」ということです。
この想定は実態に即しているかを、京産大の経済学部のケースを例に見てみたいと思います。
ここで「京産大の経済学部」と限定しているのには理由があります。学生が履修する授業数や単位数は、大学によって異なるだけでなく、同じ大学の中でも学部によって大きく異なるためです。
その理由の一つは、履修できる単位数の上限が大学・学部によって異なることです。
京産大・経済学部では、半期に履修できる単位数の上限が24単位に設定されています。一方、同じ京産大でも、経営学部では半期の履修上限は22単位です。他大学の状況はよくわからないのですが、24単位とは異なる上限を設けている大学・学部は多数存在すると思われます(ちょっと検索した限り、22単位を上限とするところはかなり多いようです)。履修できる単位数の上限が異なれば、当然、学生が履修する単位数や授業数も変わってきます。
さらに、大学・学部によって、授業のタイプも異なります。授業のタイプとは、講義科目、語学科目、実験科目、実習科目、実技科目などの区別です。単位数を考える際には、この区別が重要です。なぜなら、一般に、講義科目は「1コマ=2単位」であることが多いのに対し、語学、実験、実習、実技などの科目は「1コマ=1単位」であることが多いからです(なぜ同じ1コマで、講義系の方が単位数が多くなるかを不思議に思う人は多いと思いますが、ここでは省略します。おかしな(?)理由なので興味がある人はネットで調べてみてください)。
どのタイプの授業が多いかは、大学・学部によって大きく異なります。経済系の学部では講義科目が多いため、1コマ2単位の授業が比較的多くなります。一方、文系でも外国語学部であれば語学科目が多くなるため、1コマ1単位の授業が多くなります。(私自身よく知らないのですが)理系学部については実験・実習科目が多い学部では、やはり1コマ1単位の授業が相当程度含まれると考えられます。
したがって、単純に「10コマ=20単位」とはならないです。この計算は、10コマすべてが2単位科目である場合には成り立ちますが、語学や実験・実習などの1単位科目が多い学部では成り立ちにくいです(1単位の授業が多い場合は、同じ単位数であってもコマ数は多くなります)。ですので、元のポストの議論は「1コマ=2単位」を前提としている時点で少しおかしいということになります(ただし、学部によってはほとんどの授業が「1コマ=2単位」ということもありますので、全くまとはずれというわけでもないです)。
京産大・経済学部における1年生の履修状況
では、京産大・経済学部の学生は、実際にはどの程度の授業・単位を履修しているのでしょうか。
1年生を例にとると、平均的には、半期で「13コマ、21〜22単位」程度を履修しているようです。年間で見れば、その倍ですので、「26コマ、42〜44単位」程度となります。
[注]ここでいう単位数は、あくまで履修している単位数であり、取得した単位数ではありません。単位を落とす学生もいるため、実際に取得する単位数はこれより少なくなります。
したがって、京産大・経済学部の1年生についていえば、元のポストで主張している「半期10コマ、20単位」よりも、多いコマ数・単位数を履修している傾向にあるということです。
なぜ京産大・経済学部の1年生が「13コマ、21〜22単位」程度になるのかを、もう少し具体的に説明します。
先に述べたように、京産大・経済学部では、半期に履修できる単位数の上限が24単位です。この上限いっぱいまで履修する学生もいますが、多くの学生は24単位までは履修しません。その理由を明確に把握しているわけではないですが、おそらく次のような理由が関係していると思われます。
- 履修したい授業が、人数制限のために履修できない。
- 月曜日から金曜日のうち、1日を授業のない日にしたい。
- 1限(午前9時開始の授業)を避けたい。
- 単位や履修に関するルールを十分に理解していない。
教員としては、履修上限に近い単位数を履修しておくよう指導することが多いのですが、実際には上記のような理由から、学生は履修上限いっぱいまでは履修せず、平均的には21〜22単位程度の履修となるようです。
次に、履修するコマ数について考えます。
京産大・経済学部では、英語と第二外国語が必修となっています(もしくは、第二外国語は履修せず、英語をたくさん履修する)。そして、普通は1年生、2年生のときに英語と第二外国語を履修します。これらは語学科目ですので、基本的には1コマ1単位の授業です。1年生の場合、英語と第二外国語を合わせて、通常は4コマ履修します。この部分は4コマで4単位になります。仮に、半期に22単位を履修するとし、このうち語学科目の4単位を除くと、残りは18単位です。この18単位を講義系の2単位科目で履修すると「18/2 = 9コマ」となります。
したがって、典型的には次のような構成になります。
- 語学科目:4コマ、4単位
- その他の講義科目:9コマ、18単位
- 合計:13コマ、22単位
もちろん、学生によって履修の仕方には差があります。語学やコンピュータ実習などの1単位科目を普通より多く履修している学生は、同じ履修単位数でもコマ数がさらに多くなります。一方、合計の履修単位数を少なくしている学生は、コマ数も少なくなります。
それでも、平均的には、京産大・経済学部の1年生は「半期22単位、13コマ」程度を履修しているようです。
このことからすると、元のポストの「半期10コマ」は、京産大・経済学部の学生の実態よりは少ないことになります。13コマと10コマの違いですから差は3コマです。3コマだけと見ることもできますが、比率でいえば30%の違いです。したがって、実態から一定程度乖離した主張と言ってよいと思います。
学部による違い
ここまでは、私が所属する京産大・経済学部を例にしてきました。しかし、同じ大学であっても、学部が異なれば状況はさらに変わります。たとえば外国語学部の場合、語学科目が多くなります。語学科目は1コマ1単位であることが多いため、同じ単位数を履修するとしても、コマ数は経済学部より多くなるのが普通です。
京都産業大学の外国語学部の場合、半期の履修上限は経済学部と同じ24単位です。しかし、外国語学部の1年生が履修しているコマ数は、半期で15〜16コマ程度になることが多いようです。したがって、外国語学部の場合、経済学部と同じ文系学部ではありますが、「半期10コマ」という主張からはさらに乖離していることになります(5割増しです)。
「半期10コマ、20単位」という履修の仕方に近い大学・学部も存在するとは思います。しかし、以上の京産大の例が示すように、それとはかなり異なる履修状況にある大学・学部も少なくないと思います。ですので、仮に文系学部に限定したとしても、「半期10コマ、20単位」という履修方法を「標準」と呼ぶのは適切ではないと思います。
「4年目はゼミだけ」という想定について
さらに、元ポストでは「4年目はゼミだけ残して4単位」という主張もしていますが、これも京産大・経済学部に関してはとても標準的とは言えないです。
もちろん、1年生から3年生までに順調に単位を取得し、4年生ではゼミ、すなわち演習科目だけを履修すれば卒業できる学生もかなりいます。しかし、多くの学生は、3年生までに一定数の単位を落としています。そのため、4年生の時点で、卒業に必要な単位をなお相当数残している学生もかなりいます。私のゼミの学生でも、4年生で20単位以上を取得しなければならない学生は(残念ながら)珍しくありません...仮に4年生で年間20単位を取得しなければならないとすると、すべて2単位科目で履修したとしても、少なくとも10コマを履修する必要があります。さらに、単位を落とす可能性を考慮して余裕を持って履修しようとすると結局15コマ程度履修することになります。これは、半期あたり7~8コマ程度に相当します。ゼミを1コマだけとればいいというのとは大きく乖離します。
したがって、「4年目はゼミだけ」という履修の仕方も、単位取得が非常に順調な学生にとってはありうるものですが、それを標準的な履修の形式とみなすことは、少なくとも京産大・経済学部の実態から見ると難しいと思います。
これについては、多くの大学で留年率(標準修業年限を越えて卒業する人の割合)が10%を越えているのですから、単位を順調に取得できない学生はどの大学でもそれなりにいることが明らかです。そして、そのような学生は4年生のときにゼミの4単位だけをとればいいという状況にない可能性が高いです。
留年する学生だけでもそれくらいいますし、留年をしないとしても、4年生のときに単位をそれなりに残している学生はかなりいますから、やはり「4年目はゼミだけ残して4単位」というのは標準的とはとても言えないと思います。
[注]各大学の留年率(標準修業年限を越えて卒業する人の割合)の値は大学ランキングという本や各大学の情報公開のページで確認できます。
単位を取得した授業の単位数
ここまでは、基本的に「履修する授業」のコマ数・単位数のことを話してきました。そして、履修する授業のコマ数・単位数は「半期10コマ、20単位」よりも多いケースがよくあるということを説明しました。一方、単位を取得した授業の単位数ということでいうと、結局、4年間で124単位~130単位くらいになることが多いと思います。というのは最初の方で説明したように、卒業に必要な単位数は124単位と設定されていることが多く、多くの学生は卒業に必要な単位数をちょっと上回るくらいの単位を取得することが多いためです。ですので、仮に1年生、2年生のときにたくさん単位を取得できれば、3年生、4年生となるにつれて、履修する単位を減らしていき、結局、総単位数が124単位~130単位程度になるように調整するということです。
上で京産大のケースとしてとりあげたのは、あくまで「1年生」です。1年生、2年生でたくさん授業を履修し、多くの単位を取得できれば、3年生、4年生では逆に履修する単位を減らす可能性が高いです。つまり、大学、学部だけではなく、どの学年かによっても履修する単位の数は大きく変わってくるということです。
大学の履修実態を一般化することの難しさ
最初に紹介したポストに対しては、Xでも「実態に合っていない」、「少なすぎる」といった反論も多いようです。上で説明したように、私自身も、上記のような履修の仕方を大学生一般にとって標準的なものとみなすことには、かなり無理があると考えています。
ただし、この問題は、単に特定の発言が正しいかどうかという話ではなく、大学の授業や履修の実態について議論することの難しさを示しているように思います。
つまり、Xでは大学や大学生の状況について発言する人がたくさんいるのですが、多くの発言は発言者の個人の経験に基づいた狭い範囲でしか成り立たないことが多く、様々な大学、学部にわたる大学界全体像を反映した発言は非常に少ないのではないかということです。
元のポストをした先生は、経歴を見る限り、経済系学部の学部長を経験されたこともある方であり、大学教育の状況については、通常の教員よりもよくご存じの方だと思われます。しかし、経済学部と同じ文系学部である外国語学部の状況はよくご存知ないようですし、さらに、理系学部のことに関する認識はもっと薄いようです。
これはある意味当たり前で、普通の大学の教員は全大学の全学部の状況なんて知る機会もありませんし、知る必要性もないですから、自分が所属したことがある大学・学部の状況しか知らないのが普通です。だから狭い範囲の(偏った)知識しかないのはむしろ普通です。
問題なのは、(多くの場合、偏った、断片的なものにすぎない)自分の経験、知識が多くの大学・学部に普遍的に成り立つと考えている人が多いということだと思います。自分の知識が偏っていることを認識した上で議論するのなら、少しはましな議論になるかもしれませんが、知識が偏っていのにもかかわらず、自分が正しいと思い込んで意見を通そうとするのですから、どうしても不毛な議論になりやすいと思います。
最近も「Fラン大学はさっさと潰した方がよい」というような議論がありましたし、Xではよく大学のあり方に関する様々な議論がおこります。ただ、そういう議論がなかなか実りのあるものになっていない主な要因は、議論に参加している人のほとんどが、(自分が経験したことがある)大学の一側面しか把握しておらず、大学業界の全体像を把握している人がほとんどいないからだと思います。
私自身の経験
「大学業界の全体像を把握している人がほとんどいない」ことのもう一つの理由は「現在の『大学』という分類が含むものが広すぎる」、言い換えれば、「全く異なるようなものを同じ『大学』という分類に含めてしまっている」ということだと思います。
私は、学生としては、学部と修士課程を「早稲田大学」(合計7年間)で過ごし、博士課程では「一橋大学」に在籍(4年間)しました。
教員としては、「地方の小規模大学(学生数が1000人程度)、かつ定員割れ大学の関東学園大学」に勤務(9年間)した後に、「学生数が1万5,000人規模の中堅・大規模大学である京都産業大学」に移動し、現在も勤務しています(今年、15年目)。また、研究活動を通じて、旧帝大を含むさまざまな大学の先生方と交流する機会もありました。そのため、自分自身の経験や人づての情報を通じて、さまざまなタイプ・レベルの大学の状況を知る機会は比較的多かったと思います。
たとえば、私自身が身を置いたことのある関東学園大学と一橋大学では、学生の状況(知識、知的能力、関心、将来の進路など)、教育・研究の状況や大学として求められている役割が大きく異なっていました。しかし、現在の分類ではどちらも「大学」です。私はたまたまこの二つの大学に籍を置いたことがありますので(前者は教員として、後者は学生としてですが)、ある程度、二つの大学の状況がわかりますが、世の中にはこの二つの大学とはまた状況が異なる大学が数多く存在しています。二つだけを比べても、その中身は大きく異なります。ましてや、何百とある多様な大学の状況について、正確に把握している人などいるわけがないと思います...
大学をめぐる議論が上手く進まない、あるいはそもそも議論がかみ合わないことが多いのは、このように実態としてはかなり異なるものを、「大学」という一つの分類のもとに押し込めて議論せざるを得ないからではないかと思います...