「脱成長(degrowth)」について

私はよく知らなかったのですが、経済成長を追求することは不要、あるいは望ましくないというような考え方があるそうです。「脱成長(degrowth)」というそうです。

この「脱成長」という主張を「ノア・スミス「脱成長:いらないよそんなの」(2023年5月24日)|経済学101」というページが批判しています。このページは「Degrowth: We can't let it happen here! by Noah Smith」のページを日本語に訳したもののようです。

私は脱成長という主張のことはほとんど知らないので、その妥当性も、それに対する批判の是非もよくわからないです。ただ、この「脱成長」を批判しているページの内容におかしい部分があります。

おかしいのは以下の部分です。以下、引用。

それでいて,脱成長の人たちが引用してるのはどういう人たちなのかと調べてみると,こういう分野の定評ある研究者は一人も出てこない.論文の参照文献リストを眺めてみよう.こういう学術誌が並んでるのが見てとれる:

『環境価値』(Environmental Values)
『未来』(Futures)
『地域環境』(Local Environment)
『生態経済学』(Ecological Economics)
『テクノロジー予想と社会変化』(Technological Forecasting and Social Change)
『幸福研究ジャーナル』(Journal of Happiness Studies)
『よりクリーンな生産ジャーナル』(Journal of Cleaner Production)
『政治生態学ジャーナル』(Journal of Political Ecology)
『金融と環境政策マクロ経済学』(Finance and the Macroeconomics of Environmental Policies)

……などなど.もう一方の Fitzpatrick et al. (2022) に目を向けても,同じようなリストが載っている.

いろいろ並んでる学術誌の名前を見ても心当たりがないなら,それには理由がある.こういう学術誌は,経済学・生態学歴史学社会学のトップ学術誌ではないばかりか,それぞれの分野の研究者たちがまともな学術誌と呼ぶものですらない.脱成長を唱える人たちや,総じてそれに連なる人たちによってつくりだされた名も知られない学術誌だ.

上に挙げられている『Environmental Values』、『Futures』等の雑誌は「脱成長を唱える人たちや,総じてそれに連なる人たちによってつくりだされた名も知られない学術誌」であって、「それぞれの分野の研究者たちがまともな学術誌と呼ぶものですらない」という説明があります。しかし、少なくとも『Ecological Economics(以下、EE)』や『Journal of Cleaner Production(以下、JCP)』についてはこの説明は全く事実に反すると思います。

環境経済学以外の分野の経済学の専門家がEEを知らないのは普通だと思いますが、環境経済学を専門とする人にとってEEが「名も知られない学術誌」ということはないですし、むしろよく知られた雑誌だと思います。また、EEに「脱成長」についての論文が揭載されることはあるかもしれませんが、多くの論文はそれとは関係ないテーマを扱ったものであり、「脱成長」の信奉者による論文ばかりが揭載されるような雑誌ではないと思います。私も何本かEEに揭載された論文を読んだことがありますが、全て脱成長とは何にも関係がない環境についての論文でした(応用一般均衡分析の論文でした)。

そもそも、EEは創刊が1989年ですから、最近はやっているという「脱成長」の信奉者、賛同者によってつくりだされたというのはつじつまがあわないんじゃないでしょうか。

もう一つのJCPに関してはさらに「脱成長」とは関係が薄いと思います。

https://www.sciencedirect.com/journal/journal-of-cleaner-production/vol/414/suppl/C

上のページを見ればJCPに最近揭載されている論文がわかりますが、この雑誌は学際的(transdisciplinary)な雑誌で、経済学の分析の論文も揭載されますが、自然科学や工学の分野の研究も多いです。「脱成長」についての論文も揭載されたことがあるとは思いますが、ほとんどの論文は「脱成長」とは無関係だと思います。学際的な雑誌ということで、経済学者でこの雑誌を知らない人は多いと思いますが、環境経済学の研究者なら知っている人は多いと思いますし、評価もそれなりに高いと思います。ちなみにImpact Factorは10を越えています。

上の「脱成長」批判のページの文章を書いた人は、経済学全般の知識はあるようですし、「脱成長」の問題点の指摘は適切なのかもしれませんが、『Ecological Economics』や『Journal of Cleaner Production』の二つを指して「それぞれの分野の研究者たちがまともな学術誌と呼ぶものですらない.脱成長を唱える人たちや,総じてそれに連なる人たちによってつくりだされた名も知られない学術誌」というのはさすがにいいかげんだと思います。