外国人労動の受け入れについてのシミュレーション分析の論文

"Effects of Immigration in Japan: A Computable General EquilibriumAssessment"という論文を書きました。

http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.2782708

に置いてあります。タイトルの示す通り、日本の外国人労働者受け入れの効果を CGEモデル(応用一般均衡モデル)を用いてシミュレーションによって定量的に分析した論文です。奈良県立大学の齋藤宗之さんと岡山商科大学の加藤真也さんとの共同研究です。

簡単に論文の内容を紹介します。

少子高齢化による労働力人口の減少、景気回復による人手不足を背景として、外国人労働者の受け入れを進めるべきだという主張を最近よく聞きます。この論文では、今後外国人労働者の受け入れを進めたとき(外国人労働者の数が増えたとき)に、日本経済にどのような影響があるかを分析しています。

モデルには 32 部門、2010年から2030年までの逐次動学の CGE モデルを用い、ベンチマークデータには主に JIP データ (ahref="http://www.rieti.go.jp/jp/database/jip2013/"JIP 2013) を利用しています。モデルでは労動を熟練労働、非熟練労働の二つのタイプに分割しています。

政策シナリオとしては、2010年から2030年の間に日本人の労働人口の減少量の半分に等しい外国人労働者流入すると想定しています。モデル上ではこれは20年間で 532 万 人(年間 266,000人)の外国人労動者を受け入れることを意味します。そして、以下のようなシナリオを分析しています。

  • FL: 受け入れる外国人労働者が全て非熟練労働者(これがメインのシナリオ)
  • FL_A: 受け入れる部門を限定: 農林水産、建設、医療・介護のみ
  • FL_B: 受け入れる部門を限定: 賃金が比較的高い製造業のみ
  • FL_SK: 受け入れる外国人労働者の 20% が熟練労働者

分析している効果は、賃金、資本のレンタルプライス等の要素価格、GDP、所得、消費等のマクロ変数、部門別の生産量への影響です。

予想できることですが、結果として、外国人労動者(非熟練労働者)の受け入れは日本の非熟練労働者の賃金を低下させ、熟練労働者の賃金、資本のレンタルプライスを上昇させるという結果となりました。メインのシナリオ(FL)では、2030年時点での変化率で非熟練労働者の賃金の低下率は 4.6%、熟練労働者の賃金、資本のレンタルプライスの上昇率は 1.5%、3.6%となりました。この値はシナリオとシミュレーションの設定でかなり変わり得るのですが、非熟練労働者にとってはかなり大きなマイナスの影響をもたらす結果となています。

また、GDP、日本人の所得と消費は増加する結果となりました。メインのシナリオ(FL)ではそれぞれ 6.5%、1.5%、2.1% の増加となりました。GDPは大きく増加するのですが、GDPの増加率と比較すると日本人の所得と消費の増加率は小さいです。これはGDPの増加によって増加する所得の多くが外国人のものになるからです。

各部門の生産量に対する効果としては次のような結果が出ました。まず、非熟練労動集約的な部門の生産が大きく増加するとは限らないという結果になりました。生産要素賦存量の増加の効果については「リプチンスキーの定理( リプチンスキーの定理 - Wikipedia)」が有名です。リプチンスキーの定理に従えば、賦存量が増加した要素を集約的に利用する部門の生産が増加し、そうではない部門の生産が減少することになります。しかし、我々のシミュレーション結果ではそうなるとは限らないという結果になりました。このようにリプチンスキー定理と異なる結果が出た理由は、リプチンスキー定理が前提としている単純な2財2要素のHOモデルではなく、多数財、多数の要素のモデルを用いているということもありますが、リプチンスキー定理が財の価格が固定された状況を前提としているのに対し、我々のシミューレションでは財の価格も変動するという理由もあります。

外国人労働者の受け入れ部門を限定する FL_A や FL_B のシナリオでは外国人を受け入れる部門の生産が大きく増加するという結果になりそうです。FL_B では実際にそうなりましたが、FL_A ではそうなりませんでした(外国人受け入れ部門の生産がほとんど増加しないという結果)。なぜこのような結果になったかというと、FL_A のケースでは外国人が入ってくることで賃金が低下し、日本人労働者が他の部門に移ってしまうからです。日本人労働者が減り全体の雇用がほとんど増えないため生産が増加しないという結果になりました。この結果は、受け入れ部門を限定したからといって、必ずしもその部門の生産が増加するとは限らないということを意味しています。

感度分析として、シナリオ、設定を変更した様々なケースも計算もしました。

まず、静学モデルのケースも分析しました。外国人労働者流入すれば、GDPが増加し、さらに所得が増加します。それは投資を促し、資本ストックを増加させます。その資本ストックの増加はさらにGDPを増加させることになります。動学モデルではこのような効果が働くため、外国人労働者受け入れのプラスの効果が大きく現われると考えられます。実際、この効果(資本蓄積を通じた効果)がどの程度強いかを見るために、資本ストックが変化しない静学モデルを利用して分析しました。静学モデルにすると日本人の所得・消費の増加率はかなり低下しましたが、GDP の増加率はあまり変わりませんでした。資本蓄積を通じた効果はGDPについてはあまり大きくないようです。

また、生産関数内の労動と資本、熟練労働と非熟練労働の間の代替の弾力性を変化させたケースも分析しました。多くの変数については結果はそれほど変化しませんでしたが、熟練労働者の賃金の変化が逆転するケースが出てきました。具体的には、「労動間の代替の弾力性が大きいケース」では熟練労働者の賃金は低下することになりました。要素価格への影響を考えるときには、このパラメータの値が重要になることがわかりました。

全体的な傾向としては、外国人労働者(非熟練労働者)の受け入れは、非熟練労働者には損で、熟練労働者、資本の所有者には得になるという結果となりました(税収も増えるので、税に頼っている人にもよいと言えるかもしれません)。どれくらい損で、どれくらい得かはモデルやパラメータの設定でかなり変わりますので、あまりはっきりしたことは言えませんが、メインのシナリオの結果のように非熟練労働者の賃金が 4.6% 低下するとなると、それなりに大きい影響だと思います。

以上、今回の論文の分析結果を一通り書いてきましたが、この分析にはいろいろ問題点もありますし、改善すべき点もあります。これについてはまた今度書きたいと思います(論文にはいくつか書いています)。

今までずっと温暖化対策の研究ばかりしてきて、外国人労働受入について分析したのは今回が初めてです。時間がとれなくてなかなか進みませんが(今回の分析も2年も前から始めてやっと論文にしました)、今後も続けたいと思います。労働(特に、外国人労働)に関するデータや制度をよく知らないので、この論文の分析をするのも結構苦労しました。労働が専門の人でこういうシミュレーションに興味がある方いないでしょうか。手伝っていただければ助かります。シミュレーションできる人がいいですが。



[注]

一ヶ月くらい前に同じ論文をアップロードしていたのですが、データの作成部分や結果の表示部分に間違いがあったので一度消して、修正していました。本来、2030年時点での変数の値を結果に掲載しているはずが、実際には2020年の値を使っていたので本当の値よりかなり小さい値になっていました。元々は2020年までのシミュレーションであったのを2030年までのシミュレーションに変更したのですが、そのとき表示する変数を2030年の変数に修正するのを忘れていたためです。早めに気づいてよかったです。