CGEモデルにおける個々の部門の資本ストックの扱い

このメールでRutherfordがCGEモデルにおける個々の部門の資本ストックの扱いに関する質問に答えています。参考になるので訳します。

[まず質問文]

私は大学院生で、一地域を対象にしたCGEモデルをGAMS上で作成しています。個々の部門の資本ストックの特定化についての次の2つの質問について、コメントや参考文献を指摘していただけるとありがたいです。

  • 【1】"Cameroon model"の方法では、個々部門の資本ストックというのは与えられたデータであり、資本の価格は "capital composition matrix" を利用して計算されています。一方、LofgrenやEcoModのモデルのような最近の方法では、分析者が資本の価格(資本のレンタルプライスや資本への収益)を1と特定化し、SAMから得られる所得データを用いて、各部門の資本を特定化しています。その方法ではcapital composition matrixは用いられていません。

    私の一つ目の質問は、個々の部門の資本を特定化する上の2つのアプローチのうちどちらを利用するべきであり、この選択がモデルの結果にどのような影響を与えるのかということです。個々の部門の資本を特定化する方法について説明している論文はあるのでしょうか?

  • Cameroonモデルに基づく動学モデルでは、資本ストックのアップデート方法は明解です(投資も減耗も考慮されています)。一方、SAMの資本所得データから資本ストックが計算されている場合には、どうやって資本はアップデートされているのでしょうか?


[以下、Rutherfordの回答]

お気付きのように、「資本の購入価格(purchase pirce)」と「レンタル価格(rental price)」は本来異なるものです。基準となるSAM(social accounting matrix, 社会会計表)は、その基準年における資本に対する(暗黙の)レンタルペイメント(資本ストックをレンタルしたことへの対価)を記録しています【2】。

【3】そして、もしHarbergerの単位についての慣例に従うのなら、基準年の価格(資本のレンタルプライス)を1と置き、基準年の資本のimputed returns(レンタルペイメントのこと)をそのまま資本ストックの量とみなすことになります。【4】さらに、投資が資本ストックに蓄積されていくモデルを構築しようとするのなら、(資本ストックと投資の)測定単位(unit of measures)の違いを考慮するための「stock-flow conversion(ストックとフローの変換)」をおこなう必要があります。

【5】あるいは、別の資本の測定単位を利用し(例えば、資本ストック=3×基準年の生産量という関係で計算し)、資本の収益(生産要素としての報酬)と資本ストックの比率に基づいて資本のレンタルプライスを計算する(帰属させる)こともできます。

注意すべきなのは、静学的な基準均衡の整合性が動学的な整合性を意味するわけではないということです。もし、モデルがbalanced steady-state growth pathを辿るようにカリブレイトしたいのなら、資本からの収入の価値と投資水準の間にある関係が成立している必要があります。例えば、

I = VK * (delta + gamma) / (delta + r)

というような関係です。ただし、deltaは資本減耗率、gammaはベンチマークの成長率、rは基準年の利子率です。

以下、武田による注

【1】について

Cameroonモデルとは昔World Bankの人が作成したCGEモデルだそうです。詳しいことは私も知りません。GAMSのモデルライブラリにコードが入っています。

【2】について

ここで「SAMはその基準年における資本に対するレンタルペイメントを記録しています」というのは「産業連関表」の「営業余剰・混合所得+固定資本減耗」の部分のことです。元々はこの部分の金額は利払いにあてられたり、企業の利潤(利益)になったり、減価償却費に相当する部分ですが、多くのCGEモデル(だけではなく、多くの一般均衡モデル)ではこの部分を資本ストックに対する支払いとみなします。もっと具体的には、家計が保有している資本ストックを産業が借りたことに対して支払われる額とみまします。このため、上でこの額はレンタルペイメントと呼ばれ、その価格はレンタルプライスと呼ばれています。

もちろん、実際には違います。企業が家計から生産設備を借りているなんてことがあるはずはないです。生産設備を保有しているのは企業(もっと厳密に言えば企業の所有者である株主でしょうが)のはずです。しかし、経済学の多くの一般均衡モデルでは、あたかも家計が生産設備を保有していて、企業はそれを借り手生産活動をおこなっているかのように考えるということです。

【3】について

Harbergerの単位についての慣例というのは基準時点での価格を1と置くことで、金額=数量とみなすということです。例えば、ある年のある部門における労働の投入額が100万円とします。これはあくまで額であり、労働投入量ではありません。しかし、仮に労働の価格が1であると置けば、投入額=100万=価格×投入量=投入量となりますから、投入量も100万ということになります。このように基準年の数量を決めることをHarberger conventionとここでは呼んでいます(元々、以下の論文で最初に使われたからのようです)

Harberger, Arnold. C. (1962), "The Incidence of the Corporation Income Tax." Journal of Political Economy, vol.70, no.3, pp.215-40. https://www.jstor.org/stable/1828856

勝手に価格を1に置くなんて不適切と思えるかもしれませんが、分析において「変数の変化率」のみを分析するのなら、どのように価格を置こうが問題ありません。これについては、 私が書いた「応用一般均衡分析入門」の第8章で説明しています。

【4】について

ここで言っているのは次のような話しです。まず、資本に対するレンタルペイメントの額を VK とします。そして、上の Harberger convention によって資本ストックの量を求めたとします。すると、資本ストックの量=資本へのレンタルペイメント=VK となります。一方、投資のデータが別に存在します。それをIとします。その投資を用いて

K(t+1) = (1 - delta) * K(t) + I(t)

というような関係に従って資本ストックの量を毎期アップデートしていくことになります。この式ででてくるKは本来の意味での資本ストックであるのに対し、上で Harberger convention により求めた資本ストックは資本への支払額(報酬額)にすぎません。よって、

VK(t+1) = (1 - delta) * VK(t) + I(t)

というように VK のデータと I のデータを直接結びつけることができません。Rutherfordが「stock-flow conversion」と言っているのは、Iの単位とVKの単位が整合的になるようにどちらかをどちからに合わせる変換をする必要があるということです。

【5】について

これはHarberger conventionとは別の方法です。この場合、資本ストックのデータ自体をなんらかの方法で求めてきます。例えば、それをKとします。それに対し、VKを資本に対するレンタルペイメントとします。レンタルペイメント=レンタルプライス×資本ストックという関係があるので、上の二つのデータからレンタルプライス=VK/Kという関係を使ってレンタルプライスを求めるというのがこの方法です。