↓のページ、EYという会社のページのようですが、なぜかそこでCGE分析の成立過程と概要について説明されています。
このページのCGE分析についての説明は事実と異なる部分が多いと思います。非常に短い文章ですので、直接リンク先のページを見てもらいたいのですが、以下のようなことが書かれています。
- マクロ計量モデルは「ルーカス批判」によってその欠点が指摘されたが、CGEモデルはルーカス批判の指摘する問題点に対応するために、ミクロ的基礎付けを持つモデルとして開発された。
CGEモデルがミクロ的基礎付けを持つモデルであるのはその通りですが、ルーカス批判に対応するために開発されたというのは間違いだと思います。CGE分析の歴史を扱った文献では普通全く異なる説明がされています。
- Dixon, P.B., Parmenter, B.R. (1996). "Computable General Equilibrium Modelling for Policy Analysis and Forecasting," in: Amman, H.M., Kendrik, D.A., Rust, J. (Eds.), Handbook of Computational Economics. North-Holland, Amsterdam, pp. 3–85. https://doi.org/10.1016/S1574-0021(96)01003-9
- Bergman, L. (2005). "CGE Modeling of Environmental Policy and Resource Management," in: Mäler, K.-G., Vincent, J.R. (Eds.), Handbook of Environmental Economics. pp. 1273–1306. https://doi.org/10.1016/S1574-0099(05)03024-X
- Dixon, P.B., Jorgenson, D.W. (2013). "Introduction," in: Dixon, P.B., Jorgenson, D.W. (Eds.), Handbook of Computable General Equilibrium Modeling. Elsevier, pp. 1–22. https://doi.org/10.1016/B978-0-444-59568-3.00001-8
例えば、上の3つはCGE分析の成立、発展の経緯を扱っていますが、3つとも「最初の CGE 分析は 1960年の Leif Johansen の研究(以下の研究)」だと主張しています。
- Johansen, L. (1960). A multi-sectoral study of economic growth. North-Holland Publishing Co., Amsterdam.
この Johansen の研究は多部門モデルをノルウェーの産業連関表のデータと組み合せて、シミュレーション分析をおこなったもので、確かに CGE 分析と言ってもよいと思います。
[注] Johansen のモデルは多くの一般均衡モデルがそうであるように非線形のモデルですが、モデルを解く際には線形化して解いています。現在のCGE分析では非線形のモデルをそのまま解くのが普通ですので、Johansen の分析は完全な CGE 分析とは言えないのかもしれませんが、その当時は最新のコンピュータを用いるとしても非線形のモデルをそのまま解くのは難しかったのだと思います。
この本は日本語にも翻訳されていますので、大きい大学の図書館ならあるかもしれません。
- ヨハンセン・L., (1962). 『経済成長の多部門分析』,ダイヤモンド社,西川俊作訳.
この Johansen (1960) が最初の CGE 分析であるのなら、ルーカス批判に対応するために CGE モデルが開発されたというのは明らかにおかしいです。というのは、ルーカス批判の元になった以下の論文は 1976 年出版ですので。
- Lucas Jr., R.E., (1976). Econometric Policy Evaluation: A Critique. Carnegie-Rochester Conference Series on Public Policy, Carnegie Rochester Conference Series on Public Policy 1, 19–46. https://doi.org/10.1016/S0167-2231(76)80003-6
また、Johansen の後に続く CGE 分析の研究者としては、Herbert Scarf、John Shoven、John Whalley 等が有名ですが、彼等も既に 70 年代の前半には様々な研究をおこなっていますから、やはりルーカス批判の前です。
そもそも、Scarf、Shoven、Whalley 等のモデルは明らかにミクロ経済学の一般均衡モデルに基づているもので(だから最初からミクロ的基礎付けがあるのは当たり前で)、ミクロ的基礎付けを持つマクロモデルを開発しようとしてモデルをつくったということではないと思います。
それに、もし CGE モデルがルーカス批判に対応するために開発されたのなら、マクロ経済学の分野でも CGE モデルについて言及があるのが当然だと思いますが、ルーカス批判後に開発されたものとしてマクロ経済学のテキストで言及される RBC モデルや DSGE モデルであって、CGE モデルのことなど全く出てこないと思います。
ですので、ルーカス批判への対応としてCGEモデルが開発されたという説明は全く事実とは異なると思います。
以上のように、上のページの CGE 分析の成立経緯についての説明はおかしいのですが、CGE 分析自体の説明もおかしい部分があります。
例えば、「CGE分析モデルは従来アプローチの学術的な批判を揚棄して確立した分析であることから、実務的な利用にも高い信頼性を有しています」とい説明がありますが、「従来アプローチの学術的な批判を揚棄して確立した分析である」ことが、高い信頼性があることの根拠にはならないと思いますし、(CGE 分析が専門の私が言うのもなんですが)実際、CGE 分析にそこまでの信頼性はないと思います。
また、「複数の均衡式で実体経済を正確に解析する同分析の成立過程」とありますが、CGE 分析というのは、ある意味、経済学の理論的モデルを現実の経済に無理矢理当てはめているものであって、CGE モデルに出てくる数式が実体経済を正確に解析するものになっているとは簡単には言えないと思います。
なぜ、この会社のページで CGE 分析の説明が提供されているか不思議なのですが、以上のように説明の内容は事実とは異なる不正確な部分が多いと思います。
CGE 分析がどのような分析かを知りたい人は、上で紹介した Bergman (2005) や Dixon and Jorgenson 編集の Handbook of Computable General Equilibrium Modeling を読むとよいと思います。