経済学の論文における著者名の順番について(その3)
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何回もしつこいですが、↑で書いた、「経済学の論文における著者名の順番」の話の続きです。
「その2」で少しふれたのですが、論文の筆頭著者(第一著者)は様々な面で有利になるようです。その大きな理由は単純に筆頭著者は名前が最初に出てくるために目立ちやすく、読者の記憶に残りやすいということだと思います。他の研究で引用される論文は参考文献部分で以下のような形で列挙されますから、やはり2番目以降の著者と比較し、最初に出てくる筆頭著者が目立ちやすいということは当然だと思います。
文献例1
Takeda, S., Arimura, T. H., Sugino, M. (2019) "Labor Market Distortions and Welfare-Decreasing International Emissions Trading," Environmental and Resource Economics, 74(1), pp.271-293, https://doi.org/10.1007/s10640-018-00317-4.
これは特定の研究分野に限らず、一般的に言えることだと思います。
しかし、経済学ではこれに加えて特に筆頭著者を目立ちやすくする慣習があります。それは、経済学では文献を引用する際に、引用部分で「著者名(出版年)」という表現、いわゆる「author-year形式」を利用することが多いということです。これは、例えば以下のような論文を引用するときに、引用部分で「Takeda (2007)」というような表現を使うということです。
文献例2
Takeda, S. (2007) "The Double Dividend from Carbon Regulations in Japan," Journal of the Japanese and International Economies, 21 (3), pp.336-364, https://doi.org/10.1016/j.jjie.2006.01.002.
本文中では以下のように利用されます。
According to Takeda (2007), the introduction of a carbon tax in Japan could bring about a double dividend.
このauthor-year形式では引用部分で筆頭著者が特に強調されるという効果が生じます。というのは、author-year形式では著者数が3名以上になった場合に、筆頭著者以外を省略してしまうことが多いためです。
これは、例えば、上で挙げた文献例1の場合では、本来ならば「Takeda, Arimura and Sugino (2019)」という表現になるところを、「Takeda et al. (2019)」という表現に省略してしまうということです。つまり、筆頭著者の名前しか表示しなくなってしまいます。
経済学では、このような省略は、論文だけではなく、それをもとにしたプレゼンの資料などでも広くおこなわれていますので、結果的に筆頭著者の名前だけが目立つ形になります。ですので、他の分野と比較し、経済学では筆頭著者が強調されるという効果が特に強くなっていると思います(他のauthor-year形式を利用する分野も同じだと思いますが)。
ちなみに、author-year形式以外の引用形式には、代表的なものとして、1) 番号形式、2) short alpha-numeric形式などがあります。
番号形式とは、以下のように参考文献部分で各文献に番号をふっておき、引用部分で「[3]によれば...」のように番号で引用する形式のことです。
[3] Takeda, S., Arimura, T. H., Sugino, M. (2019) "Labor Market Distortions and Welfare-Decreasing International Emissions Trading," Environmental and Resource Economics, 74(1), pp.271-293, https://doi.org/10.1007/s10640-018-00317-4.
これは理系の多くの分野で使われているようです(経済学の雑誌でも少ないですが、利用されていると思います)。
short alpha-numeric形式は、American Mathematical Society(AMS) が推奨している引用形式で、著者名の頭文字と出版年を組み合わせた文字列を作成し、それで引用するというものです("short alpha-numeric"形式というのはAMSの呼び方です。詳しくは → https://www.ams.org/publications/authors/AMS-StyleGuide-online.pdf)。
このshort alpha-numeric形式の場合、例えば文献例1は引用部分で [TAS19] という表記になります(3人の頭文字+出版年の下二桁の数字)。
According to [TAS19], the introduction of a carbon tax in Japan could bring about a double dividend.
これはAMSが推奨していることからわかるように、数学などの分野でよく使われるようです。
以上の二つの引用形式では、引用部分において筆頭著者が特に強調されるという効果はないと思います。
以上のように、経済学では引用部分で筆頭著者が強調される(その結果、筆頭著者が有利になる)仕組みを利用しているのですから、「たまたま名前の頭文字が若い文字である人が筆頭著者になるアルファベット順」ではなく、貢献度順などの著者順を使うのがいいのではないかと思いますが、前回のポストでも書いたように、なぜか経済学ではアルファベット順が多用されています。
「それが慣習(慣行)だから」という説明をする人もいますが、従わないからといって大きな問題が生じるような慣習ではないですから、素直に慣習に従う理由がわかりません。
一つ考えられる理由は、著者間でもめることを避けるためでしょうか。
例えば、貢献度順にするのなら、論文における貢献度の序列をつける必要があります。貢献度に大きな差があるときにはいいでしょうが、それほど差がないときには序列をつけるときに意見が食い違い、揉めるかもしれません。たとえば、AとBという二人の著者がいて、Aは「Bと同じくらい貢献した」と思っていても、Bは「自分の方がやや多く貢献した」と思うかもしれません。貢献度を測る客観的な基準があるわけではないので、判断が難しいこともでてくると思います。そんなときには、「アルファベット順が慣行ですから、それに従いましょう」とすれば、揉めることなくスムーズに著者順を決められるかもしれません。
ただ、貢献度の判断が簡単なときでも「慣行だから」としてアルファベット順にしている人もいるので(例えば、このケース )、「揉めないため」という理由だけでもないようです。
別にどうでもいいことだと言われればそうなのですが、筆頭著者が注目される仕組みが明らかに存在するのに、なぜ経済学ではあえてアルファベット順に従う傾向が強いのかずっと不思議に思っています。