GTAPモデル・CGEモデルについて

いくつか前のポストでTPPの試算についてもっといろいろ議論があればいいのにと書きましたが、検索したら結構でてきました。私が知らなかっただけでたくさんあるようです。しかも、政府試算について批判しているページが多いようです。

政府試算が実際にダメものなのかはとりあえず置いておきます。が、そもそもGTAPモデルやCGEモデルがどういうものなのかがあまり理解されていないように思います。これは当たり前だと思います。普通の人がCGEモデルの中身について詳しい方がむしろおかしいですし、そもそも経済学者でもGTAPモデル(やCGEモデル)に詳しい人は少ないと思います。

TPPやその政府試算について賛否両論があるのは全くかまいませんが、CGE分析について間違いや誤解が広がるのはTPPの議論をするのにも良くないですし、それにCGE分析が専門である私としても困ります。間違いや誤解だと思われるようなことあったら、できればここで指摘したいと思います(もちろん、私の指摘が正しい保証もありませんが)。

とりあえず、次のページの内容について少しコメントしたいと思います。 「高増明:TPP内閣府試算の罠 ── 菅内閣がひた隠す"不都合な真実" (News Spiral)」。これは、関西大学の高増明先生にTPPについてインタビューした記事のようです。

前回の投稿で述べたように私はTPPについてあまり知識がありませんので、上のページの議論の是非について私が判断するのは難しいです。ただ、上のページにはGTAPモデルについての説明があります。以下はあくまでもそおGTAPモデル(CGEモデル)に関する部分についてのコメントです。TPPが良いだとか悪いだとかにはほとんど関係ない内容です。

上のインタビューで、高増先生がGTAPモデルについて次のように説明しています。

アメリカのパーデュー大学の農学部のグローバル・トレード分析センターが提供している貿易政策の効果を推計するためのモデルで、モデルとともに、世界経済についてのデータベースも提供されています。最新のものは、2004年について、113の地域と57の商品についてのデータが用意されていて、それを使って関税を引き下げたときの生産、貿易などへの影響を調べることができるわけです。農学部に所属しているということからもわかるように、GDPの増加を計算するのが目的ではなく、農業の個別の商品への影響を調べるのが最も重要な目的だと言っていいでしょう。その意味でも政府の使い方は間違っています。

その一

まず、Center of Global Trade Analysisはdepartment of agricultural economicsにある組織ですので、「農学部」ではなくて「農業経済学部」の間違いだと思います。

その二

第二に、後半部分の「農学部に所属しているということからもわかるように、GDPの増加を計算するのが目的ではなく、農業の個別の商品への影響を調べるのが最も重要な目的だと言っていいでしょう。その意味でも政府の使い方は間違っています」という主張は私はおかしいと思います。

そもそも上で指摘したように農学部に所属する機関ではないので、「農学部に所属しているということからもわかるように」という根拠は成り立たないですし、農業関係の研究機関が作成したモデルだからと言って、農産物等の個別の財への影響の分析が主な目的とは言えないと思います。さらに、仮に主な目的が(農産物等の)個別の財への影響の分析だとしても、だからと言ってGDP等のマクロ指標への分析をすることが不適切ということにはならないと思います。

CGE分析を自分でおこなっている人は、「GTAPモデルでGDPへの効果を分析するのは間違い」という主張にはすごく違和感を持つと思います。というのは、GTAPモデル(を含めてCGEモデル)によって、ある政策のGDPへの効果を分析するのはごく普通のことだからです。私自身もこれまで貿易政策や温暖化対策のCGE分析の論文を書いてきましたが、その全てにおいてマクロ変数(GDPや国全体での所得等)への影響を分析しています。仮に、それが誤った使い方というのなら、日本政府(や試算した内閣府)だけではなく、CGE分析をしているほぼ全ての研究者が誤った使い方をしているということになってしまいます。

もちろん、多くの研究者がそうしているからと言って、それが正しいことの証明になるというわけではないです。GTAPモデルを使ってGDPへの効果を分析するのが不適切という考え方は必ずしも間違っているとは言えないと思います。

ただ、高増先生の言い方では、「日本の政府がGTAPモデルの性質を理解しておらず、(GDPへの影響を計算するという)誤った使い方をしている」という印象を受けることになると思いますが、実際には日本の政府が特に変わったことをしているわけではなく、多くの研究者が使っているのと同じように使っただけだということです。多くの専門家(研究者)のやり方に反することをしているならまだしも、同じことをしているのですから、この点に限って言えばむしろ当然の行動をしていると言ったほうがいいと思います。



その三

さらにインタビューの下の方に次のような説明があります

静学モデルとは、ひとつの状態(均衡)と別の状態を比べたもので、動学モデルは時間的な経路をみるものです。動学モデルでは、投資や資本の国際間移動などを取り扱え、時間的変化を調べられるのですが、複雑にしたから正確だとは一概には言えません。

細かいことですが、この説明もおかしいと思います。

まず、資本の国際間の移動は静学モデルでも扱えますし、実際、静学モデルで資本移動を分析している研究は多いと思います。CGE分析でも静学モデルによって資本移動を分析している研究はあります。私もそういうモデルを作ったことがありますし、それで論文を書いたことがあります。

投資についても静学モデルでも扱えます。というか、そもそも普通の「静学的なGTAPモデル」にも投資は入っていますし、静学的なCGEモデルであっても投資が入っていないモデルの方がめずらしいと思います。ただし、モデルに投資を含んでいるからといって、適切に扱われているかどうかは別の問題ですが。

「動学モデルでは、投資や資本の国際間移動などを取り扱え」という言い方だと、動学モデルでないと投資や資本の国際間移動が扱えないと考える人が多いと思いますが、実際はそうではないです。


他にもコメントしたいこといろいろありますが、とりあえずこれだけ。