双対アプローチ

一般均衡モデルを表現するのに「双対アプローチ」と呼ばれる方法があります。双対アプローチとは、

モデル(均衡条件)を記述する際に、生産関数、効用関数、非補償需要関数(マーシャルの需要関数)等を使わず、費用関数、支出関数、条件付き要素需要関数、補償需要関数(ヒックスの需要関数)等を用いる方法
のことです。 理論分析の一般均衡モデルではそれなりに使われているアプローチで、例えば、国際貿易の一般均衡モデルでは双対アプローチがよく使われています。 「双対アプローチ」という呼び方も、その貿易理論への応用を紹介した有名なテキスト、Dixit & Norman著、"Theory of International Trade: A Dual, General Equilibrium Approach"からとっています。

日本語の本で双対アプローチと解説したものとしては、小田正雄先生の『現代国際経済学』があります。

論文ですと、八田達夫先生が昔、Bhagwati等と書いた以下の論文で双対アプローチが利用されています(昔、読みました)。

  • Bhagwati, J. N., Brecher, R. and Hatta, T., (1985). “The Generalized Theory of Transfers and Welfare: Exogenous (Policy-Imposed) and Endogenous (Transfer-Induced) Distortions.” Quarterly Journal of Economics, Vol.100, No.3, pp.697-714.
  • Bhagwati, J. N., Brecher, R. and Hatta, T., (1983). “The Generalized Theory of Transfers and Welfare: Bilateral Transfers in a Multilateral World.” American Economic Review, Vol.73, No.4, pp.606-618.
もちろん他にも双対アプローチを利用した研究はたくさんあります。

CGE分析においても、モデルを記述するのに、双対アプローチが利用されることがあります。CGE分析で有名なThomas Rutherfordの書く論文、プログラムでは必ずと言っていいほど双対アプローチが利用されています。また、私自身も基本的に双対アプローチを採用しています。このページに私が書いた「双対アプローチによる一般均衡モデルの 記述」という文書があります。これは双対アプローチがどのようなものか説明した文書です。

CGE分析で双対アプローチを利用することには次のような利点があると思います。

  • 第一に、↑の文書で説明していることですが、双対アプローチを利用すると、生産サイドと需要サイドを同じような形式で記述できます。これにより、プログラムが読みやすくなります。大規模なモデルを扱うときには、この利点が特に大きくなります。
  • 第二に、Rutherfordの論文やコードを参考にしやすくなります。Rutherfordは様々なサンプルのプログラムをホームページで配布しています。CGEモデルを作成する際に参考になる非常に有用なプログラムばかりなのですが、それらのプログラムのほとんどでモデルは双対アプローチを利用して記述されています。ですので、Rutehrfordの書いたコードを読み、参考にするには双対アプローチを理解している必要があります。
  • MPSGEの動作を理解しやすくなる。MPSGEはGAMSのMPSGEについての文書でも紹介していますが、一般均衡モデルを数式を用いずに記述するためのGAMSのソルバーです。非常に便利なソフトで、多くの研究者により利用されていますが、MPSGEはその記法・文法が特殊なため、その仕組みを理解するのは必ずしも簡単ではありません。ただ、MPSGEは内部においてモデルを双対アプローチで表現して扱っているため、双対アプローチを理解することで、MPSGEの動作を理解しやすくなります。
以上のような利点がありますので、私としてはCGE分析を勉強している人に双対アプローチを利用することを強く薦めたいのですが、実際にはあまり利用している人はいないと思います。それは、日本人でCGE分析を勉強する人がたいてい読む、↓のテキストで双対アプローチが利用されていないからだと思います。

この本は「双対アプローチ」を利用せず、普通に、生産関数、効用関数を使ってモデルを記述しています。まあ、他に適当な本があるわけではないですし、私自身もまずこれを読むことを薦めるのですが、CGE分析に習熟したい人はこの本のやり方でとどまるのではなく、ぜひ「双対アプローチ」を習得することを薦めます。Rutherfordのコードを参考にできるようになるという利点がとにかく大きいです。

私は元々貿易の理論が専門で、上で紹介したDixit & Normanのテキストを勉強していたくらいなので、「一般均衡モデル=双対アプローチ」という頭の持ち主です。ですので、CGE分析において双対アプローチを利用することについても何の疑問も持ちませんでしたし、むしろ生産関数、効用関数、マーシャルの需要関数等を利用してモデルを記述するのがいやでしょうがないくらいなのですが、普通の人にとっては「双対アプローチ」自体なじみが薄いみたいですね。

「双対アプローチ」のエッセンスについては、↑で紹介した「双対アプローチによる一般均衡モデルの記述」で書いていますが、別に難しくもなんともないです。ミクロ経済学の最初の生産者の理論、消費者の理論の部分がわかっていれば普通に理解できるはずです。ちょっと時間をかければ理解できる話ですので、勉強してみることを薦めます。